就任のご挨拶  2026年5月25日

 この度、上田聡一郎 前会長らのご推薦で、2026〜28年の2年間、徳島県臨床内科医会(以下、徳臨内)の会長に昇任した本田です。会員の諸先生方のお声を聴きながら、徳臨内を運営して行きたいと思います。よろしくご支援・ご協力をお願いします。幸いなことに、鈴木直紀・林秀樹 両先生を副会長にお迎えしてサポートを頂けることになりました。適宜相談しながら運営していこうと思います。

 うれしいニュースは、日本臨床内科医会(以下、日臨内)の地域医療功労賞に、令和7年の尾崎敏夫先生に続き、令和8年には田中治(おさめ)先生が受賞されたことです。臨席しましたが、さる4月12日のさいたま市での総会で表彰されました。長年日臨内インフルエンザ研究班で活躍され、現在は参与に;そして徳臨内では平成22年から2年間会長を務められ、現在は顧問に就任されています。徳臨内への貢献は大きく、令和8年5月18日の徳島県医師会館での総会後に、受賞を皆で祝いました。今後もご健勝で、私ども徳臨内を温かく見守っていただければ幸いです。

 悲しいニュースもあります。会員の北條文彦・藤野正晴の両先生とともに、山野利尚先生(名誉会員)が2026年3月21日にご逝去されました(享年92歳)。平成30年の地域医療功労賞の受賞を喜ばれていたのを思い出します。ご冥福を祈ります。

 私を紹介しますと、海部郡美波町の田井ノ浜の近くの生まれ(勤務の美波病院まで徒歩15分)で、1983年徳島大学の卒業です。旧第一内科(現:血液・内分泌代謝内科学分野。往時は、齋藤史郎先生が主宰)に入局。内分泌学や内分泌腫瘍、がん遺伝子、高尿酸血症などを中心に研鑽や研究を行いました。伝説となった2012年10月徳島で開催された第26回医学会(いのちを支える地域医療の再生)の準備委員として、日臨内や徳臨内に入会しました。14年も前ですが、マチ★アソビが同時に開催され、眉山に徒歩で登った県外客がスズメバチに刺されたニュースを思い出します。さる5月16、17日には、マチ★アソビvol.30が盛大に開催され、感慨深く思います。前年の第25回医学会は札幌で開催され、一般演題発表とともに医学会の運営を視察しました。徳臨内からの参加者と北国の名産に舌鼓を打ち、東京内科医会との二次会ではK先生のカラオケ「恋の町札幌(石原裕次郎)」をお聴きしたのを思い出します。今年2026年医学会はくしくも札幌にて開催予定で、皆と参加する計画です。

 さる第26回医学会(関啓会長)では、診療の後での遅い時間までの打ち合わせや、懇親会の料理を一週間前に皆で味見をするなど、周到な準備をされていたのを敬服していました。まさに、「連帯・創造・感動」(高橋安毅先生の言葉)の2日間でした。

 現在私は、徳臨内では、広報・会員増強担当委員会(委員長)・徳島県の会員増強担当に;日臨内では、ニュース編集委員会(副委員長)、学術部の感染症班班員(会誌査読委員会審査委員、OTC担当、「かかりつけ医のためのWEB講座」プロジェクトチーム員)にても活動しています。恵美滋文理事もご活躍で、助言をお願いしたいと思います。

 21年前から郷里に戻り、旧由岐病院、高台移転した美波病院に勤務した経験より、地域医療では「連携と教育」が重要と実感しています。中島みゆきの「糸」という曲をご存じでしょうか。映画化もされ、NHKのど自慢でもよく歌われる曲です。徳島大学の旧第一・第二・第三内科(現在は、血液・内分泌代謝、循環器、消化器、呼吸・膠原病、腎臓、脳神経と細分化されている)や、自治医大など他大学の内科、外科・精神科などの内科以外の標榜科や、私のような長く研究に取り組んだ経験が、「たての糸(経糸)」と考えます。わが徳臨内は、「よこの糸(緯糸)」。この縦と横の糸で、徳島県民の健康寿命を延伸するという「しあわせ」の布を織りたいと思います。

 豊田健二先生が、都合で副会長を退任されましたが、若手医師の入会を増やすことが課題とよく言われていました。この度、大倉佳宏・白神敦久 両先生が幹事となりました。さらに、若手を含め皆が学ぶ教育の機会を作ることが大事と思います。前任の上田会長は、2か月ごとに魅力ある学術講演会を開催し、市民に内科を知ってもらう第一回「内科の日」記念県民講座を開始されました(2025年6月)。これらを続けたいと思いますので、会員の皆様には、アドバイスやご協力をどうぞお願いします。

 結びに、地震・津波やCOVID-19など感染症の災害はいつまた起こるかもわかりません。平時から災害時のことも考えながら、会員を増やし高齢化・人口減の問題に向かい合い、徳臨内を運営していく所存です。


2026年5月
徳島県臨床内科医会 会長(美波病院 院長)
本田 壮一